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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)700号 判決

上告人(原告・控訴人) 古久保匡房

右訴訟代理人弁護士 宮井康雄

被上告人(被告・被控訴人) 弓場キヨ子

被上告人(被告・被控訴人) 弓場政明

右法定代理人親権者父 弓場勝次

同 母 弓場キヨ子

被上告人(被告・被控訴人) 弓場勝次

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮井康雄の上告理由第一点について

本件建物は、被上告人政明の所有であって、被上告人勝次の所有に属しないとした原審の事実認定は、原判決(引用の第一審判決を含む)挙示の証拠関係に照らし肯認することができ、その認定の過程に所論の違法はない。論旨は採るを得ない。

同第二点について

弁論を再開するかどうかは、受訴裁判所の裁量に委せられたことであるから、原審が上告人の所論弁論再開の申請を許さなかったからといって何ら所論の違法はない。論旨は採るを得ない。

同第三点について

被上告人勝次がその債務を担保するため、その未成年の子である被上告人政明所有の本件建物について、同人を代理して停止条件附代物弁済契約をなし、または代物弁済の予約をすることは、民法八二六条にいわゆる利益相反する行為にあたるとした原審の判断は、正当であって(昭和三三年(オ)第九六八号同三五年二月二五日言渡第一小法廷判決、民集一四巻二号二七九頁参照)、原判決には何ら所論の違法はない。論旨は採るを得ない。

(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)

上告代理人宮井康雄の上告理由

第一点採証法則、経験則違反〈省略〉

第二点審理不尽〈省略〉

第三点法令解釈の誤り

(1)  原判決は第一審判決を引用し、結局子たる政明所有の本件建物を代物弁済等担保に供することは、親権者とその子との利益相反する行為に該ると判断しているが、その判断は、利益相反行為に関する法理を誤りたるものである。即ち、

(2)  従来の判例によれば、利益相反行為か否かは行為自体について判断すべく、親権者の利己的動機は考慮すべきではないとされている(大審院大正七・五・一三判・民録二四・一六八四、同昭和九・一二・二一判・新聞三八〇〇・八)。

然して、判例は、この立場から、左の如き場合は、利益相反行為に該らないと判示している。

(イ) 親権者が子の代理人として消費貸借契約を締結する場合(大審院昭八・一・二八判)

(ロ) 親権者が子を代表して金員貸越契約を締結し、これがため、子所有の不動産に抵当権を設定した場合(大審院昭和九・一二・二一判)

(ハ) 親権者が、未成年の子の法定代理人として子の財産を他人に「売却」する場合

(ニ) 親権者が未成年者を代理して第三者と根抵当権設定契約をする場合(大審院大正一三・六・七判・新聞二二八八・一八)

右の如く、子の財産を売却する場合、根抵当権を設定する場合すらも利益相反行為にならないのであるから、本件の如く、子の財産を担保に供し、代物弁済予約もしくは停止条件つき代物弁済契約を締結する行為は、勿論、利益相反行為に該らないと解すべきである。

(3)  問題は、本件の場合、形の上では、親権者勝次の債務のために、子の財産を担保に供している点にある。

然し、親権者が子を代表して金銭消費貸借をなし、その債務の担保として、子の財産を提供する場合は、利益相反行為にならぬとされている。

そうすると、賃借関係が、親権者名義でなされたか、子名義でなされたかの形式上の一点のみの相違が、利益相反行為該当性の判断の基準となるものの如くである。然し、この様な形式面の相違が、果して、利益相反行為該当性の有無の決定的基準となるものであろうか。

そもそも、利益相反行為なる概念は、親権者の親権濫用を防止し、子の財産を保全するために認められているものである。果して然らば、判断の基準(メルクマール)としては、行為自体の形式面より離れた、実質的側面に、これを求むべきものと思料される。

然らずんば、親権者は、すべて、子の名義によって法律行為をなす限り、常に子の財産を自由に処分しうることとなり、利益相反行為制度を設けた法の趣意は、没却、潜脱されてしまうであろう。法の解釈は、立法の精神の現実的実現を図る方向になすべきである。この意味に於て利益相反行為に関する従来の判例の再検討を望み、且つ、本件の実体に即した具体的妥当性のある御判断を賜り度いと希求する次第である。

以上何れの点よりするも、原判決は到底、破毀を免れざるものと確信する。

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